毎日ボーナスタイム vol.1<みうらかな>

 「贅沢」という言葉を聞いた時に、いちばん最初に何を思い浮かべるだろうか。鉄板でジュウジュウ焼く大きな牛肉、まんまるのお月さま、羽毛のお布団、カプリコの上の部分、とか。座るとしずんでしまうソファ。煎った銀杏。美容室でいちばん高いトリートメント。真っ赤なペディキュア。

 あとはやっぱり、とっておきの音楽と出会う瞬間だと私は思う。

 高校生の時は音の大きなうたが好きだった。そのほうが堂々として見えるし、よく目立つ。学校で流しても盛り上がるし、楽しい気分になる気がした。

 隣のクラスの仲のよい友達はバンドを組んでいて、よく地元のライブハウスに出ていたけれど、やっぱり共演していた同世代のバンドもみんな音が大きかった。そしてずっとキラキラしていた。

 今思い返しても、あのときはやっぱりあれがいちばんかっこよかったんだと思う。

 その後、専門学校に通うために東京で一人暮らしをはじめた。当たり前だけど、帰ってきても家にはひとり。電気も暗けりゃ何の音もしない。

 なにかハッピーになれる音楽でもかけようか、そう思ったけど、安いアパートの壁は想像しているよりずっと薄い(よく隣の部屋からテレビの笑い声が聞こえた、おそらく同じ番組を見ていた日もある)。

 必然的に、私は小さな音で静かなうたを聞くことが多くなった。それは動画サイトで見つけたよくわからない洋楽だったり、それとも昔の日本のフォークだったり。

 そうしたら、実は音の小さなうたもそれ以外とおなじように強い意思をもった情熱があることに気がついた。

 決して押しつけるわけでもなく、ゆれるろうそくのような絶妙なバランスでささやかだけど、でも確実にあたたかいひかりの音。

 それは、今まで大きな音で耳を塞いできた私がたしかに見逃してきたものだった。私と同じように気づいた人はいるかなぁ、知ったらきっとみんなびっくりするだろうなぁ。もっともっと詳しくなりたいし、独り占めしないで届けてみたい。

 そういう気持ちから、巡り巡ってわたしはライブハウスでイベントを企画する仕事を選んだ。

 朝寝坊しちゃってお弁当を作りそこねたり、新しい服が少し窮屈だったり、上司にいやなことを言われたり、水たまりを踏んでしまったり。

 でも一日の最後には、同じように音楽を大切に思っている人だけの空間で、今日のことやこれまでのことを思い出しながら、たまにお酒でも飲んで、笑って泣いて。

 楽しみにきてくれたひとが、この場所でそうやって自分自身を愛してあげられる、見つめ直せるしあわせな時間を作ることができたなら、こんなにもうれしいことはない。

 噂によると、どうやら人の一生は平均で80年くらいあるらしい。まだあと4分の3も残っているのかと思うと、とても不思議な気持ちになる。

 家族はしわしわになってゆくのかな。おうちは崩れたりしないだろうか。

 恋人とは60年先も愛しあっていけるのかしら。全部わからないけれど、食う寝る住むの80年に少しでも彩りがあれば、それだけでとても贅沢なことなのだろう。

 私も、私自身が作ったものに励まされながら、たくさん長生きしていきたい。


文:みうらかな

DRAGON FRUIT

シンガーソングライター小野雄大が企画するZINE「DRAGON FRUIT」のホームページ。