なつたろうの思い出 vol.3<藤岡なつゆ>

「犬を飼いたい」

 人生一度は、「猫派?犬派?」という二択に迫られることがあるが、なぜだろうか。個人的見解と統計によると世の中その割合は五:五くらいに感じるが、猫派の方が猫のみに固執しており、一方で、犬派の方はそう言いつつも、わりと猫も好きだし、むしろ動物全般が好きだったりする。ちなみに、私は犬派である。

 私の実家は大変な田舎にあり、近所の人はみんな知っている顔だし、その家にどんな動物がいるかもたいてい知っていた。中でも犬は多かった。

 坂の下のきみこさんちはジョン(洋犬との雑種で耳が垂れ、茶色いぶち模様)、かすみちゃんちはチコ(凶暴な雑種)、その隣のかーくんちは白い雑種のミッキー、そのまた隣のひーちゃんちは、シェットランド・シープドック(コリーの小型犬ver.)という田舎には珍しい洋風な犬を飼っていた。ひーちゃんは暇があれば犬の図鑑を眺めているほどの犬好きで、シェルと名付けて本当に可愛がっていたのだけれど、悲しいことに、ひーちゃんのお父さんのお父さんの運転する軽トラックに、目の前で轢かれて死んでしまった。私はまさにその直後に出くわし、「え?なに?どうしたん?」とアホな顔をして聞いていた。

 他にも、茶畑を乗り越えて追いかけてくる恐怖のシェパードや、ひとり(一匹)でフラフラと散歩している雑種犬などたくさんいたけどキリがないので近所の動物事情についてはこの辺で。

 そんな中で育ったからか、私はずっと「犬を飼いたい」と家族に訴えていた。中でも大きな犬がいいと思った。近くにブリーダーをしている家があり、そこの娘のあみちゃんが巨大なセントバーナードに乗って保育園に来ていたのがとても羨ましかった。リアルハイジ。

 犬種は勇ましい顔をしたシベリアン・ハスキーが好きだった。しかしハスキーはしつけが難しく、毎日毎日同じことを言い聞かせないとなかなか身につかないのだということを聞いて、ハスキーよりも頭が良いというこれまた根拠のない情報からアラスカン・マラミュートというハスキーに似ているけど違う犬種が良いのではないかと、父とのお風呂会議で決定した。

 まあ、その決議が実行されることはなかったのだけれど。

 月日は流れ、「犬を飼いたい」という想いを胸に秘め、私は実家を離れてしまった。

 しばらくして、雑種の子犬を引き取ったと、家族から写真が送られて来た。

 妹の中学校の司書さんちでたくさん子犬が生まれて貰い手を探していたらしく、覗きに行った妹に真っ先に寄って来たからそのまま連れて帰って来たのだと言う。

 写真では手のひらより少し大きいくらいのまだまだ赤ちゃんだったが、私が対面した頃にはキャンキャンと飛び跳ねる立派な子犬になっていた。女の子だと聞いていたし、名前は、当時新刊だった梅佳代さんの写真集から「うめめ」でどうか、と提案したが、実家に帰った頃には家族に「ぽんちゃん」と呼ばれていた。

 腑に落ちないところもありつつ、私にとっては待ちに待った瞬間であった。最初は敵意をむき出しにしていたぽんちゃんだったが、この家の人間であるということ認識し、こいつは餌をくれる、散歩に連れて行ってくれる、痒いところを掻いてくれる、とわかってからというもの、半年に一度くらいしか会わないにもかかわらず、私のことを忘れないでいてくれた。

 そんなぽんちゃんを見ていると父とお風呂で話した夢を思い出す。

 これから一〇年、二〇年、三〇年先に自分がどんな家に住んでいるのかわからないけれど、いつかアラスカン・マラミュートを飼いたいな、なんて密かに温めているのである。


文:藤岡なつゆ

DRAGON FRUIT

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