2017年11月9日
3日ほど前、うたたね小野雄大から「ZINE を作るから映画のコラムを書いてくれ。千円で。22日までに。」という半ば強制的な依頼を受けてこれを書いている。
うたたねには重ね重ね恩がある。これは断れない。
「おっけー!」とは言ったものの、
LINE を閉じて最初に思ったのは
「ZINEってなに?ジン?フェスで売ってる瓶のお酒?」
ということでさっぱりだったのですが、調べると小冊子だとのこと。
「紙に・・・なるのか。」
実は11月初め、映画好きの友人と平日昼間から9時間ほど呑み続け
( 隔月開催の映画呑み)、
大層な映画論をおっ立て、「おまえ、文章書け。紙に残せ。」と言われた。
導きとしか思えない。
僕は、「後世に物を残すのは嫌だ。そんなものを残すから
次世代が過去に縛られてつまらない世の中になるんだ。」
と、なに言ってんだかよく分からない最大級のキザをぶちかましたくせに、
その一週間後にはこうして文章を書いている。
承認欲求とは怖いものですね。文章いいねって褒めてください。
よしよしとか毎日して欲しいタイプ俺。
甘えん坊なので。
ところでジンなの?ザインなの?
そうだ映画の話か。
一発目になにを書こう。
ララランドに対する怒りの記事をいつかどこかで書きたいと思っていたが、
一発目にそれもないので、映画との出会い的なことでも書いておく。
思い出( ノスタルジー) と好きなものって同じものというか、
その人間の「何かが好き」という感情は
ノスタルジーと自己陶酔が7:3くらいの割合で形成されているだろう
というのが僕の持論である。
だから好きなものを人に話すときは思い出を話しましょう。
ノスタルジーくすぐっていきましょう。
あたたかな思い出というのは人間が壊れないための一番良い特効薬ではないだろうかと思うのです。
記憶をひねり出した結果、最初の映画館の記憶は1997年、
もののけ姫または学校の怪談3である。当時7歳。
どちらも母親と兄妹と一緒に行っていたはずだ。
学校の怪談3はお母さんがのっぺらぼうになって包丁で襲ってきたり、
コピー機のおばけがでるなんとも華もなく幼心にトラウマしか残さない映画なので、
もののけ姫を最初に見たことにしておく。
トラウマもとても大事なのだけれど。その話はまたの機会に。
もののけ姫を見たのは横浜市民な
ら胸が熱くなるであろう
まだ相鉄ローゼンが経営していた時代の相鉄ムービルである。
ほぼ段差がなく後ろの席は見にくい。立ち見もできた。
映画の始まりを告げるブザーは懐かしいブーーっというブザー。
乾いているが芯があってハイが強めのやつだ。
学校の怪談を見たところはチャイムのメロディーだったっけな。最前席。
首を精いっぱい見上げて目の前いっぱいに見たスクリーン。大きな音。
冒頭の祟り神が突然出てくるシーンでビクッと椅子を揺らすほど驚いた。
思えば、その後映画館で感じるであろう体験を一本でまとめて見れたような映画体験だった。
僕は映画館至上主義ではないので常に映画館で映画を見たいわけではないし、
映画を見るなら映画館でとも特に思わないのだが、
この体験は今でも鮮明に残り、そこから沢山の映画館での記憶が浮かんでくる。
感動映画を見に行った時の横にいた兄の涙、ハンカチを差し出す母。
父にねだったサウンドトラックやパンフレット。
友人と連れ立って行ったアクション映画。
振り返ると映写室からスクリーンに伸びている光、埃。部屋中に貼っていた近日公開作のチラシ。
好きな人とこっそり手を繋ぎながら感じたドキドキ。
休日朝早く起きて新聞の各劇場上映スケジュールを見て祖父とバスに乗って出かけた記憶。
戦争映画を見ていた祖父の眼差し。
特に祖父との映画の思い出が僕の根底を築いていて、
それをうたたねの「うつくしいもの」のMV に沢山入れさせてもらった。
次回がもしあるのならこの「うつくしいもの」についてでも書こう。
上手く締まったところで今日はおひらきということで。でわ。
文:hayato ishikawa
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