はじめてのライブハウス みうらかな編

 そろそろ春本番。ここ最近の私はというと、23歳になってはじめて自分がミモザアレルギーであることがわかった。ミモザとは春に咲く小さな黄色が可愛らしい花である。一番好きな花だったのに、ホクホクと家に飾ったらほんの数分で蕁麻疹やら眼球の激痛やらで散々な目にあった。春は新しい出会いの季節だというけれど、こんな出会いは悲しすぎる! 皆さんも黄色い爆弾にはお気をつけて。

 さて、四月号は「初めてライブハウスに行った時のこと」ということで、おぼろげな記憶をがんばって遡ってみようと思う。

 私がはじめて行ったライブハウスは、地元 福島県いわき市の「clubSONICiwaki」である。もうしばらく行っていないので現在どんな場所なのかはわかりかねるが、当時はゴリゴリのハードコアバンドが多く出入りするようなちょっと怖めの場所だった(その時高校二年生だったこともあり、実際の100倍はおそろしかった印象がある)。

 その場所ではじめて見たバンドはマキシマムザホルモンだった。めちゃくちゃゴリゴリに怖いやつであった。友人に誘われて行ったライブだったのだが、もともと数曲しか知らない私はその宗教家のような風貌と勢いに圧倒されてしまい、本番中の記憶がほぼない。気がついたら汗だくで外に出ていた。

 不思議なことに、ライブハウス初体験がこんな感じだと、これ以上の激しさを求めてしまうのである。そのころの私はホルモンライブ後の清々しさが忘れられず「アコースティックじゃ物足りねぇ… もっと盛り上がるやつをくれ…」みたいな躁状態がずっと続いていた気がする。おかげでその後何年かはモッシュやダイブが荒れ狂う面白いライブにたくさん行くことができた。我ながらいい経験になったと思っている。

 そういえば私の地元は終電が22時だった。これはライブハウス大好き芸人にとっては死活問題である。なんせライブが終わる時間は21時半から22時すぎなことが多いからだ。

 アンコールをギリギリまでみて駅まで猛ダッシュ。これがまた苦しいのなんの! しかも乗り遅れたら両親に泣く泣く電話し迎えに来てもらわないと行けなかったので、それはもう死ぬ気で走り続けた( 五回中二回くらいは乗り遅れていたけれど…)。

 それもこれも今となってはいい思い出だが、いやぁしかし今も終電は22時なのだろうか。それはあまりにも不親切すぎる。常磐線にはもっと頑張ってもらいたい。

 これが私のはじめてのライブハウス体験。ここから今の私に繋がっていると思うと、本当にマキシマムザホルモンは教祖さまだったのかもしれない。

DRAGON FRUIT

シンガーソングライター小野雄大が企画するZINE「DRAGON FRUIT」のホームページ。